特定領域研究「フォトクロミズム」発足にあたって
フォトクロミズムとは、光の作用により単一の化学種が、分子量を変えることなく色の異なる2つの異性体(A,B)を可逆的に生成する現象を言う。異性体Aに特定の波長の光を照射すると、結合様式あるいは電子状態の変化が生じ、分子構造の異なる異性体Bに変換し、その結果、紫外・可視吸収スペクトルが変化し、色が変わる。光生成した異性体Bは、別の波長の光の照射により、あるいは自然に熱的に元の分子構造をもつ異性体Aにもどり、色も元にもどる。フォトクロミズムは、その色変化が顕著なためもっぱら色の変化に注目が集まるが、その本質は分子が異なった物性をもつ他の分子へと光可逆的に変化することにある。
本特定領域研究では、フォトクロミズム研究の新たなフロンティアをめざして、既存のジアリールエテン分子などの改良に加え、これまでにないフォトクロミック分子を新たに開発し、フォトクロミズムの極限性能を攻究し、それとともに、これまでの光メモリ、光スイッチ、金属イオン捕捉の光制御などのような応用だけではなく、有機分子固有の多様な物性を反映した特異な機能、例えば光照射により動くと言うメカニカル機能などにも注目して研究を進める。このことにより、有機分子材料のもつ新たな可能性を開拓することを目的としている。
フォトクロミズム研究の歴史は古く、19世紀半ばにすでに学術報告がなされている。これまで数多くのフォトクロミック分子が報告されてきているが、現在も頻繁に用いられている代表的なフォトクロミック分子の中に、日本の研究者により発明された化合物が3つも含まれている。それらは、林太郎、前田侯子によるヘキサアリールビスイミダゾール、小野久武によるスピロオキサジン、それとジアリールエテンである。ヘキサアリールビスイミダゾールとスピロオキサジンは、いずれも日本において発明され基礎研究が行われたにもかかわらず、その応用展開は外国において成功すると言う結果を招いている。
2005年5月に公表された文科省科学技術政策研究所の「急速に発展しつつある研究領域調査—論文データベース分析から見る研究領域の動向」によると、「有機フォトクロミズム材料およびその光応答機能利用」は、急速に発展しつつある「化学」の研究領域の14の一つに選ばれ、なおかつ物理、化学、生物、医学、薬学、農学、経済など全679研究領域分野の中で、日本の研究者の貢献の大きい領域の第3位に挙げられている。このことは、フォトクロミズム研究が、日本において、今まさに隆盛期を迎えていることを示している。
このような時期に、本特定領域研究「フォトクロミズム」を発足させることができたことはこの上もなく幸いなことである。わが国でしか編成しえない先端的研究集団を組織し、若手研究者の活動を鼓舞し、集中的に研究をすすめることは、日本のフォトクロミズム研究の裾野を拡げるのみならず、世界のフォトクロミズム研究を活性化することにつながると期待される。2010年に予定されている次回の「有機フォトクロミズム国際シンポジウム(ISOP10)」は、横山 泰 教授を組織委員長として日本で開催されることが決まっている。本特定領域研究から生み出される画期的成果を、世界へ発信する絶好の機会である。このことをめざして、本特定領域の研究開発をすすめたい。
