紫外線に反応して高速に発消色する有機分子を開発
1.概要
青山学院大学理工学部化学・生命科学科 阿部二朗准教授の研究チームは、紫外線に反応して瞬時に無色から緑色に発色し、紫外線を遮ると速やかに消色する新しい有機分子を開発しました。
このような高速な発消色特性と高い発色濃度を併せ持つ分子の開発は世界で初めてであり、本研究成果は世界中のメディアで話題になり、ネイチャー誌の7月3日号に、米国化学会発行のC&EN(Chemical & Engineering News)誌の7月7日号に、それぞれ研究ハイライトとして紹介されました。本研究で開発した分子は、太陽光に反応して高速に発消色するサングラスや、調光フィルム、情報表示メディアへの応用が期待されます。本研究成果は、米国化学会誌「Organic Letters, 2008, 10, 3105」に発表されました。
2.研究内容と成果
無色のヘキサアリールビスイミダゾール(HABI)は紫外線に反応して、分子内の1ヵ所の炭素原子-窒素原子間の化学結合が切れて赤紫色に発色した2分子のトリアリールイミダゾリルラジカルを生成するフォトクロミック分子として知られています。発色体であるラジカルは媒体中に拡散しますが、紫外線照射を止めると再びラジカル同士が結合してHABIに戻ることで数分以内に消色します。阿部准教授はラジカルの拡散を抑えて、高速で消色するフォトクロミック分子の開発を目的として、2分子のトリアリールイミダゾリルラジカルをナフタレン骨格で結びつけた新しい分子(1,8-NDPI-TPI-ナフタレン)の合成開発に成功しました。1,8-NDPI-TPI-ナフタレンは紫外線に反応して、無色から緑色に発色するフォトクロミズムを示しますが、ラジカルが拡散しないために速やかにラジカル同士が結合して消色します。発色状態の半減期は、ベンゼン溶液中では室温で180ミリ秒と非常に速く、視覚的には紫外線にあたっている時だけ発色しているかのように見えます。

今回開発された1,8-NDPI-TPI-ナフタレンの大きな特徴は、異なる色を呈する2種類のトリアリールイミダゾリルラジカルをナフタレン骨格で結びつけたことです。すなわち、1,8-NDPI-TPI-ナフタレンにはあらかじめ2種類の異なるラジカルが仕込まれてあり、紫外線にあたることでそれらのラジカルが姿を現す、という巧妙なトリックが仕掛けられています。その結果、発色体は可視領域の光を全て吸収し、これまでになく濃い色を呈するようになりました。さらに、紫外線にあたってから発色するまでの時間は、数百フェムト秒と非常に速いこと、および、紫外線を効率的に吸収して発色することも大きな特徴です。すなわち、紫外線にあたると瞬時に発色し、紫外線を遮ると瞬時に消色する分子といえます。このような高速な発消色特性と高い発色濃度を併せ持つフォトクロミック分子は類を見ず、画期的な研究成果として世界を驚かせました。
3.産業用途
フォトクロミック分子を混ぜたプラスチックは、紫外線に反応して色が変わる「フォトクロミックレンズ」に応用されています。室内にいる時は無色あるいは薄い色のレンズが、屋外に出たときに太陽光に反応して、グレーやダークブラウンに発色してサングラスの機能を持つものです。現在の技術を用いたフォトクロミックレンズは発色速度と消色速度がともに遅く、太陽光の下で瞬時に発色し、紫外線を遮ることで瞬時に消色するものは製品化されていません。市販されているフォトクロミックレンズを装着して昼間の高速道路を運転する場面を思い浮かべて下さい。太陽の日差しの下ではレンズは発色していますが、トンネルに入ってもすぐには消色しないので暗さに目が慣れるまでに時間がかかり危険です。トンネル内を走行していると発色したフォトクロミックレンズは徐々に消色しますが、トンネルから出たときに再び高速に発色しなければ、強い日差しが目に入り危険です。そこで、紫外線に反応して高速に発色し、日陰に入ると高速に消色するフォトクロミックレンズが求められています。本研究で開発したフォトクロミック分子は、このような需要に応えるものであり、高速フォトクロミックレンズとして製品化が期待されます。分子の構造を少し変えることで緑色以外の色調をだすことや、消色スピードをさらに速くすることも可能です。阿部准教授の研究グループはすでに青色に発色し、高速に消色する分子の開発にも成功しています。インクや繊維、コーティング膜として利用することもできるので、太陽光に瞬時に反応して発色する塗料、日傘、サンバイザー、T-シャツ、アクセサリー、紫外線チェッカーなどに利用することができます。
また、新しい方式による表示メディアの開発が期待されます。紫外線は人間の目では色として認識することはできません。したがって、フォトクロミックレンズのように、フォトクロミック分子を混ぜたプラスチック平板に紫外線ビームをあてると、ビームがあたっている部分だけが発色し、ビームが他の部分に移動すると速やかに消色します。そこで、このプラスチック板上に紫外線ビームを高速でスキャンすることで、画像情報や文字情報を表示することが可能になります。このような従来にはない表示メディアは、消色速度が速いフォトクロミック分子があってこそ初めて可能になります。さらに工夫することで三次元立体画像の表示も可能になると期待されます。
